セラピストにむけた情報発信



ラバーハンドイリュージョン研究のレビュー:Ramakonar et al. 2011




2012年8月27日

自分の手と自分のそばにある義手(ラバーハンド)とが,同時に何かで触れられ,なおかつ自分の手を見ることができず,義手だけを見ている状況を作れば,手に感じていた触覚が不思議と義手の位置で感じられることがあります(図1-2-3) [17].この錯覚現象はラバーハンドイリュージョン(以下,RHI)と呼ばれます.本日ご紹介するのは,RHIに関するレビュー論文です.

Ramakonar, H. The rubber hand illusion and its application to clinical neuroscience. J Clin Neurosci 18, 1596-601, 2011

RHIの現象は,私たちの身体感覚(身体意識)とは何かを知るうえで,非常に重要な研究成果です.私自身も拙著「身体運動学―知覚・認知からのメッセージ―」など,身体感覚に関する総説的論文を書く際には必ずRHIの現象に触れます.

RHIの現象が1998年にBotvinickとCohenによって初めて報告された当初は,『義手を触っているという視覚情報が,実際の手が触られているという触覚情報を凌駕して,身体感覚を生起させる』ということに注目が集まりました.

本日ご紹介しているレビュー論文では,この1998年の発見以後の研究の展開を,わかりやすく紹介しています.

例えばRHIの現象は,義手に対する視覚情報なしでも通じることがわかりました.具体的には,目をつぶった参加者が義手に触れると同時に,その義手に触覚刺激を与えると,RHIの現象が生じました.つまりRHIは視覚優位の現象を示すのではなく,多感覚情報の統合の様子を示す現象と言えます.

またこの論文では,RHIの錯覚が消失する状況について複数の研究を並べることで,身体感覚が他の物体に拡張する条件に関する状況について解説をしています.さらにRHI現象に付随する脳活動を測定した研究から,自分自身の四肢を感じるプロセスには,腹側運動前野を中心として,頭頂葉-小脳のネットワークなどが関わることについても解説をしています.

最後のセクションでは,RHIの研究の医学的応用可能性について触れています.四肢の切断患者に対して提供する義手として,義手の指先が外部刺激に触れたと同時に,切断面に電気刺激が提示されるような装具を開発すれば,RHIの現象を利用して,よりリアルに自分の手と感じる義手が開発できるかもしれません.この他,精神医学的疾患患者の問題や,痛み対する外科的アプローチについても話題が及んでいます.

このレビュー論文は,いたずらに参考文献を列挙するのではなく,少数精鋭の論文を丁寧に解説することで,読者の理解を促すスタイルを取っています.全体で5ページという長さは,レビュー論文としては短めですが,全体像をつかむには十分な内容です.論文の書き手としても参考になりました.



29日(水)にオランダに出発し,シンポジウムにて話題提供をする予定です.帰国したらまたその様子をご報告いたします.

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